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The Adelaide Face

2010年にRSMSビザでオーストラリアの永住権取得。 プチ田舎のサウスオーストラリア州のアデレードで夫とフレンチブルドックとボクサーと一緒にのんびり暮らしています。

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プロフィール

さち

Author:さち





presented by 地球の名言

カズとサチは、2006年9月3日に結婚し2010年7月28日にオーストラリアの永住権(RSMSビザ)を取得しました。オーストラリアでの毎日、仕事、フレンチブルドックのベラとボクサーの小町、その他34歳の独り言を書き綴っています。

永住権取得までの道のり…

2007年11月末
  AUSへSRSビザで移住を
   決意、エージェントへ
   正式に依頼する。
2008年3月23日
  IELTS必要ポイントに合格
2008年6月7日
  ベタセス合格
2008年6月20日
  銀行残高証明取得
2008年8月22日
  SA州スポンサーシップ
   取得
2008年10月4日
  Aus政府へONLINEにて
  移民申請する
2008年12月12日
  ベラ輸入許可書取得
2009年2月17日
  健康診断書取得
   →移民局へ送付
2009年2月24日
  犯罪経歴証明書取得
  (日本&アメリカ)
   →移民局へ送付
2009年4月22日
  ベラ、シドニーに
   無事到着
2009年5月29日
  サチ、検疫所から
   ベラを引き取り
   WHビザで滞在開始
2009年6月18日
  サチ弁護士秘書の
   仕事開始
2009年8月7日
  カズがアデレードに
  到着
2009年9月23日
  DIACがSRSビザの
  実質3年凍結を発表
2009年10月27日
  SRS→RSMSへ変更
2009年12月2日
  Vetassess(Mkt)申請
2010年2月22日
Vetassess
  -marketing officer合格
  SA州Nomination申請
2010年3月16日
  SA州Nomination却下
2010年3月17日
  FBI無犯罪証明書取得
2010年3月25日
  日本無犯罪証明申請
2010年4月15日
  SA州Nomination再申請
2010年4月28日
  SA州Nomination認可
2010年4月30日
  DIACにNomination申請
2010年5月7日
  DIACにビザ申請
2010年5月19日
  DIAC Nominatio認可
2010年5月21日
  Bridge visa認可
2010年6月1日
  健康診断完了
2010年6月2日
  健康診断&
  日本無犯罪証明
  DIACへ送付
2010年7月28日
  永住権取得
2013年1月18日
  法律事務所退社
2013年1月21日
  通訳&翻訳の仕事開始

 

2009. 02. 24

プラン 前倒し!!

ここに来て渡豪プランが大きく前倒しになりそうです。
きっかけは私が見た悪夢(笑
土曜日の明け方にベラが飛行機の貨物室で暑くてハァハァ言ってる夢を見た後
眠れなくなって、新聞屋さんよりも早く起きてチャイナエアラインの中継地である台北の
6月の気温を調べた事から始まりました。

前にも色々と書いてある通りベラとオーストラリアに行く為にはチャイナエアラインを使うしかない
のですが、恐らく私達のビザが下りるのは(希望では)5月末~6月。 
そしてチャイナエアラインの成田⇒台北⇒シドニー便のフライトスケジュールは1個のみ、

成田@16:25発
台北@18:55着
台北@22:55発
シドニー@10:05着(翌日)

という事は台北で4時間待ちになります。
夜とはいえ6月になるとかなり気温が高くなるみたい。
過去の台北の平均気温は6月だと最低気温25℃、最高気温31℃みたいなので
空調の無い中で30℃弱で4時間放置はリスクが高すぎる。
でも4月であれば台北の平均気温は最低温度18℃、最高温度25℃みたいですので
夜の待ち時間ですしそこまで高温になることも無いと判断。
5月以降からぐっと気温が上がってくるみたいだからコレは思い切ってベラの輸送を4月に
しちゃおうと夫と話し合って決めました。
 (夫はかなり急なスケジュール変更&前倒しに不安&不満みたいだけど…)
ビザが下りてから少しゆっくりして10月とか涼しくなってからの渡豪も考えましたが、
現在フレンチブルを運んでくれる飛行機会社が1社しかない事を考えると、
夏を超えてもしチャイナエアがフレンチブルの輸送を禁止したら、、と考えるとそ
のリスクは負えないので早めに輸送をしたかったのです。

でもそうすると色々とまた新たな問題がもち上がってきました。
ベラがオーストラリアに行くとき、私達の1人も一緒の飛行機に乗ってシドニーまで行く。
基本的には会えない事は知ってるけど、もしかしたら、を期待して同じ飛行機、(もちろん
台北で会えないか?という交渉はしてみるつもり)に乗っていきます。
そしてシドニーでベラが無事であることを確認し、またシドニーに1週間強滞在し
ベラの状態を確認してから帰国する事を考えています。
シドニーの検疫所は火、木しか面会できないので水曜着で翌日、次週の火、木に面会してから
帰ってくる予定です。

でも、ベラの検疫は約30日で終了。
終了したらベラを引き取りに行かないといけないのですが、ここで大きな問題が。
まず、検疫が終了した事の連絡はTELで入るのですが私達は日本に居る。
輸入許可書の電話番号はアデレードのYHAのもの…
もし検疫中の30日以内に私達のSRSビザが下りていれば即アデレードに行っていれば
良いだけだけど、もし下りていない場合はオフショアでの申請なので日本で待機しなければ
成らない。 そうすると引き取りが出来ない…

ここで夫と躓きました、、、
色々と調べてみるとシドニーにはboarding kennelというペットホテルのようなものがあるみたい。
シドニーのメトロエリアであればピックアップもOKみたい。
ここは中型犬(フレンチがオーストラリア基準で中型になるのか小型に入るのか分からないけど)
は、施設によるけど25~30㌦/日で預かってくれるので、恐らく5月末のベラの検疫終了後に
私達が日本に居なければならなかった場合はboarding kennelに依頼をする事を考えています。
検疫所からboarding kennelにTELをしてもらい引き取ってもらう。
検疫所で掛かった代金はクレジットカードで払う(事前に番号を教えておく、とか?? 危険かな?)

予定では私達のSRSビザは5月末に下りて6月末までには渡豪できる事を願っていますが
ビザに関しては本当にいつ下りるかなんて予想も出来ないものなので
最悪2ヶ月とか3ヶ月とかboarding kennelでベラが過ごすことになっちゃうかも知れないので
ベラの精神面、健康面が非常に心配です。 (金銭面も。)

でも昨日、夫と夜長い長い家族会議をしても他に良い案を思いつかなかったこともあり
会議の結果、上記のプランで行こうということになりましたが
本当にコレがベストであるかはもうチョッと考える必要はあると思います。

本当は最初4月末に渡豪した際にアデレードにアパートを借りちゃって、ベラが出てきたら
直ぐに家に連れてこられるように、、、って思っていたのですがSRSが発行される際には
私達夫婦2人とも日本に居る事が義務付けられているみたいなのでオーストラリアにベラ1匹を
残す事も出来ないのでこのプランは没。

うーんー
今、凄く悩んでいます。 良いプランが無いかなぁと思っています。
ベラの負担がなるべく少なくて、そして、確実にオーストラリアにこられる方法。。
頭が痛いです。。

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2009. 02. 21

フレンチブルの輸送について

私達夫婦としても凄く悩んでいて、また当ブログ内外でもたくさんの方々からもコメントを頂いたり
していますが、私達のオーストラリア移住に伴う一番大きな心配はベラの輸送になります。

オーストラリアは犬は貨物扱いでのみ受け入れをしているのでベラを機内に持ち込む事は出来ず
(たぶん航空会社各社の規定サイズよりも大きいと思うのでそちらもNGかもしれませんが)貨物と
して預ける事が必要となっています。
犬種によってはリスクが低く輸送に問題ないかもしれないですが、フレンチブルドックは輸送時の
温度変化(主に暑さ)や気圧の変化に弱く生命の危険が有るという事で今はほとんどの航空会社が
当犬種の輸送は一切行っておらず、日本→オーストラリアの直行便は一切使用できない状態。
よって、ベラはトランシップしなければいけないことになります。
オーストラリアが設定している狂犬病の発生の無い地域をトランシップしなければいけない都合上
私達が使用できる航空会社はエアーチャイナとガルーダインドネシア航空のみ。
どちらの航空会社を使用してもベラはケージの中に水のみの状態で24時間前後閉じ込められる
事になります。 
そしてトランシップをする事で貨物の出し入れがあり、ベラの居る貨物室の温度が上がることになり
(飛行中は貨物室の温度は室温に設定されているので極端に暑く/寒くなる事は無い)
それだけリスクが高くなります。 またエンジンの傍のため音が大きくストレスになることと思います。

いきなり飼い主と離れて小さいケージに24時間水のみで閉じ込められて揺れと騒音の中
また暑さの中一匹で乗り切らなければいけないベラの気持ちを思うと心が痛みます。

飛行輸送に置いてのフレンチブルドックの死亡割合などのデータは持ち合わせていませんが
私達は日本からオーストラリアへ就航のある(トランシップ含めた)15社弱に問い合わせをしており
そのうち4社以外は全てフレンチブルの取り扱いを拒否して居る事から考えても
非常に高いリスクであると思います。

それでも本当にベラを連れて行くのか、私達と一緒に来る為にベラに命を懸けてくれと
お願いするのは余りにも人間側の我儘すぎるのではないか、と夫ともたくさん話し合いました。

私達の今現在の答えはベラには一緒に来てもらう、というものです。
コレが正しいのかどうかは私達には未だに分かりません。
でも永住する私達にとって、ベラを連れて行かないという選択は家族を1人きり日本において
(誰かにあげて)私達だけオーストラリアに行くということでそっちの方が我儘に思えました。
いつでも一緒にいてベラの全てに責任を持ってこの子が老衰で亡くなるまで責任を持つ、
その方が誠実なんではないかと思えたからです。
ベラを飼う、家族になってもらう、と決めたときからベラの一番の幸せの為に私達が考える事の
出来る最善を尽くしていこうと思っていました。 ベラが喋る事が出来ない以上、私達の
考える最善が、ベラにとっての最善であることを祈るのみです。

また私達が納得行かないことは航空会社各社の対応です。
フレンチブルドック他短鼻犬の死亡が有った事を理由にこの犬種の輸送は一切行わない、
という結論は余りにも簡単すぎるのではないかと思います。
ちょっとした旅行等であればコレだけリスクが高いのだから犬を連れて行かない、という選択は
正しいと思います。 でも私達のように永住を目的としている場合、このような航空会社の決断の
為に、家族と離れ離れになるという決断をされる方も居ると思います。
どれだけお金が掛かろうと手間が掛かろうと飼い主側である私達は構わないと思っているのが
事実だと思います。
リスクが高いから乗せない、ではなくてリスクが高いのであれば温度管理が出来る様な配慮
をしてもらう、もしくは事前に犬の健康診断をさせるなど規則を厳しくしてでもまた
飼い主側で負担する費用が高くなっても代替案を出してくれるべきなのではないでしょうか。

犬を預かる際に、犬に万が一の事があっても一切責任を負わない、という書類に飼い主の
サインを取得する事は仕方ない事だとしても、サインをするという事で犬の生命への一切の責任を
飼い主側に押し付けて、そしてそれでも死亡リスクが高い場合は乗せないというのは
余りにも誠実さが無いと思う。
犬の負担を考えるなら直行便を持っている航空会社こそが、何らかの手を考えるべきだと思います。

私達は、自分達の選択が正しい事を願いベラの為であることを願いながら
例えば病院で、手術をすれば助かる可能性があるが、手術が成功する可能性は10%だ、
と宣告された家族の様な気持ちで手術する事を選択する事を患者の為に選択する様な
気持ちで居ます。 
飼い主は本当にこんな選択をしなければいけないんでしょうか。
チョッと航空会社側で対処方法を変えれば助かる命が一杯あるのではないでしょうか。

ベラの輸送に関して航空会社の対応には納得がいかない事ばかりです。

でもベラの為に、そして私達の為にもベラにとって最善の対応をしてもらえる様
個別に交渉を続けて行きたいと思っています。 もし日本からオーストラリアに短鼻犬を
輸出した事がある方がいらっしゃいましたら、その時の情報など頂く事が出来たら幸いです。

皆様のワンちゃんが命を落とすことなく旅が出来ますように願って止みません。

2009. 02. 15

ありがとうございます。

今朝、ブログを見ていたら、いつもコメントを頂く方々に凄く私達夫婦は助けられているな
と思いました。 
今更ではありますが皆様、いつも本当にありがとう御座います。

今の日本の生活を一旦中断して(終えて、に成るのかな?)これからはオーストラリアでの
生活になるという事は凄く楽しみでワクワクしている反面、仕事はどうなるのかな、とか
家を借りられるのかな、というような不安であったり、どんなものを食べて
どんな所に行ったりするんだろうと言う様な好奇心であったりを皆様からコメントをいただくことで、
また皆様のブログにお邪魔させていただく事で勉強させてもらっています。

また私の愚ブログにも遊びに来ていただいて、親切なコメントを残してくださっている皆様、
今の時点ではお会いさせていただいた事も無いブログ上だけのお付き合いだけの私達に
渡豪の際に必要になれば住所を貸してあげるよと言ってくださった
Trancosoさん(http://esperance.exblog.jp/)や、毎日優しいコメントを下さったりご自身の
ブログでは日々の生活や食事、美味しいレストランなどをご紹介していらっしゃるくんちゃん
http://adelaideatheart.blog105.fc2.com/)、同じ夢を持ってシドニーで頑張っている
Meggiさん(http://megging.exblog.jp/)やこれから渡豪され同じ様な夢、不安を相談させて
もらっているハズ&ワイフさん(http://immigration.blog55.fc2.com/)その他大勢の方に
私達は助けられてここまでこられたのだと思います。
まだまだ渡豪までは長い道のりでは有りますが皆様には本当に感謝しております。

日本に普通に生活している私達夫婦の毎日の中では人との絆であったり他人への純粋な
厚意であったりを余り感じなかったり、他人への優しさを余りもてない中で生活をしているなと
反省します。 でも高校や大学でアメリカに留学した際にも感じましたが海外に居ると
日本に居るときには感じなかったのが不思議なくらい、実は自分は他人の優しさに支えられて
生きてるのだなと実感したりします。
まだ私達は日本にいますが、皆様のご厚意に支えられて居る事を今更ながら痛感いたしましたので
感謝の気持ちで一杯になりました。

私がお返しできる親切って今は少ないのかも知れませんが私達の後にオーストラリアや
アデレードにいらっしゃる方達に私が皆様からいただいた様な親切をお返しできたらいいなと
思っています。 人との親切ってこうやってつながっていけたら最高ですよね。

まだまだ分からない事だらけの私達ですがどうぞこれからもお世話にならせてください!
いつも本当にありがとう御座いますッ。

2009. 02. 13

バレンタイン (の話のはずだったのに脱線)

夫にクッキーを焼きました。
クッキーなんて焼くのいつ振りだろう…
中学生ぶり!?

クッキー


久しぶりなので楽しかったなぁー
バレンタインって
その昔、小学生とか中学生の時とかドキドキでお母さんに手伝ってもらったり
(というか、ほぼ作ってもらっちゃったり)しながら半分不安、半分楽しみって
感じで本当に一大事だったけど(あ、夜勤明けで爆睡中のお父さんを無理やり起こして
チョコの材料を買いに車でスーパーまで連れて行ってもらったりしたなぁ…
あの時お父さんにもチョコを作ってあげたんだっけな…??作ってないかも、反省。)
結婚した今となっては、受け取ってもらえるかな?振られないかな?なんていう不安は無く
絶対受け取ってもらえるし、小さな物や事でも大げさに喜んでくれる夫を持っているので
これって幸せな事だなって思います。
明日は夫と一緒にお互いの為にフルーツタルトを作ろう、って約束してます。
どんなものが出来るでしょうか…??


そういえば、高校の時にアメリカに留学していたのですが、
あの時はバレンタインになると学校に郵便屋さんがでっかい風船付きの花束とチョコを
もって歩き回っていたなぁと思い出します。
彼から彼女に渡すプレゼントなのですが、本当にアメリカの人ってロマンチックだなと思います。
カードに書かれているちょっとした言葉だったり、家族や彼彼女や友達にかける言葉の
1個1個だったり、凄く優しかったりお洒落だったり気が利いていたり、感情を惜しみなく
相手に伝えますよね、良くも悪くもきっと思った事を思ったままに言っているのかな。
ほんと、思った事をそのまま言われるので逆にカチンと来る事も結構あったけど、
でもそういう文化って凄く良い!と思います。
バレンタインの日は私が女の子から義理チョコや男の子からチョッとしたチョコなどを貰って帰ると
家ではホストパパが花束を持ってホストママに渡していたり、その後二人でチョッとドレスアップして
出かけていったりしていたなぁ。 ホストパパも当時でも結婚20周年とかでしたのに
本当に相手への愛情の言葉に惜しみが無い。聞いていて幸せになりました。 
彼らは、みんながこんな風に愛する相手に会えるわけではないし、彼らは凄くラッキーなんだ
って言っていたな。 それは本当だと思う、そんな相手に会えるって本当にラッキーだよね。


なんか高校で留学した時の事を思い出すと凄く懐かしくてチョッと切ない感じが蘇ります。
大学でも留学していたけど大学の時は日本人が一杯居たので寂しい事もなく、
宿題や課題が大変、って言うだけで生活自体は単純に楽しかったのですが、
高校のときって英語もほとんど喋れない状態でいきなり日本人、というかアジア人が
私1人の状況でしたので辛い事も凄いあったなぁと…
私のロッカーに「Go back to Japan」って書かれてたり。  
それも話した事もない知らない子に。
高校生ってやっぱりまだ子供っていうのも有ったんだろうな、人種差別ってアメリカに行って
初めて知ったもん。 実際差別もあったと思う。 
でもさすがに大学になるとあからさまな差別って無いんですよね、みんなきちんと弁えてるし
実際、抵抗も余り無いんだと思います。

色々辛いこととか有って一杯泣いたけど、同じ位、いや、それ以上に友達やホストファミリーに
恵まれて本当に楽しかったな。 最後はホント卒業アルバムに書くところが無くなるくらい
友達にサインをしてもらったし、日本帰るときは空港まで友達が送ってくれて泣いてくれたし、
私は本当に恵まれていたと思う。 いい人たちに一杯会えたな。
辛い辛い、でもたぶん今思うと、今までの私の人生で一番濃い時期だったのかなと思います。

 
これからオーストラリアに行くけど高校の時みたいな寂しい辛い、って事は夫と一緒に居る限り
無いと思っています。 でも本当に本気で頑張らないといけない事が一杯出てくると思います。
でも、願わくば高校の時の留学時期よりも濃い時間が訪れてくれる事を願っています。


あら、
あらま。
バレンタインの事を書こうと思ったのに気づいたら思い出の話になってるわ笑

2009. 02. 12

犯罪経歴証明書


今日は神奈川県警に行ってきました。

警察に入って直ぐに、キョロキョロ。 
なにか悪い事をしたわけではないのに妙に落ち着かない私って…(苦笑
題名の通り、犯罪経歴証明書を取得の為に赴いたのです。
意外と簡単な手続きでした。

戸籍謄本と住民票、パスポートを持って簡単な書類に記入後、スキャナーで
両手の指紋を1個ずつスキャンしていきます。
それで終わり。

でも私は過去10年間に1年以上アメリカに住んでいた事があったのでFBIからも
Criminal Recordを取得しなければならないため、FBIの書類用の指紋も
採取してもらいました。
こちらはFBI所定の書式があってそこにインクで両手の指紋を押印していきます。
 こんな感じ
   ↓
指紋

もっと凄い手続きを想像していたのですがアッサリ5分くらいで終わりました。
つまんなーい。

あとはこの書類を夫が取得したあと、申請料のチェックをFBI宛に作成して郵送するだけ。
これで約1ヵ月後にCriminal Recordが送られてきます。

あとは健康診断もしなきゃ…。
それで終わりだッ。




そんな心休まらないAMを過ごしたワタシ。 午後は家に帰ってゆっくり過ごしました。
いい天気で気分がヨカッタのでお休みついでにベラの散歩も(長時間)行きました。

ア!!
実は今朝、脱走したのです、コイツ。

玄関のドアを不用意に開けた途端に
 ダーッッッッシュ!!!


    いましかねーぞ、プリズンブレイクだコレ。
    逃げるぞ エイヤコラ。

ってしゃべりながら逃げていくベラを追いかける寝起きの私…

赤のチェックのパジャマ姿でスニーカー、髪の毛ライオンキング。
そのまま、通勤途中のサラリーマンを追い越し、走り続けるベラ…
赤チェック+ライオンキングのまま5分くらい姿を世の中にさらしてしまいました。
ありえない。 いい大人が。 ノーメイクが。 さらされた。
 モウケッコンデキマセン。


ってなアクシデントが朝、あったのできっとストレスが溜まってるんだ、外に行きたいんだって
事にようやく気づいた飼い主。(←おそっ)
なのでトコトン散歩しました。  あったかい日だったのでコート着てたら暑かったよ。


で、その後のヒマ妻。
余りにヒマなので今日は夫のリクエストの有ったレーズンパンを焼きました。
    ↓
パン

もちろん硬かったです。。。
なんでだろー。
何でいつも固いパンしかできないんだろー。
おかしーなー だれか原因教えてください…
見た目もなんかフランスパンっぽいし。
出来上がり1個試食してみたら、アゴが疲れました。。



2009. 02. 05

おっぱいパン

なんか暇だったのでパンを焼きました。
なんかいつも作るたびに硬いパンが出来ちゃうので
今日は一杯捏ねて、一杯発酵させて作りました。

普通のパンにココアとチョコチップを混ぜてちっちゃめのパンにしました。
焼いてるときからココアのいいにおいがして待ちきれない感じだったので
焼きあがって直ぐに取り出して写真を撮ったのがコチラ↓

oppaibread.jpg

実物を見てるときは気づかなかったけど



お…

おっぱいだッッ

なんか恥ずかしい

2009. 02. 04

外食@六本木

昨日は久しぶりにママンと遊びにいきました。
六本木の国立新美術館(http://www.nact.jp/)に行こう! って事になり10時半前に
東京で待ち合わせをしてそのまま六本木へ。

しかしおなか空いては戦はもちろん出来ないのでまずは栄養補給。
六本木のGrand Hyatt ( http://tokyo.grand.hyatt.jp/hyatt/hotels/index.jsp ) 初めて入りました。
そこでランチ。 平日でしたのでランチタイムのお得なコースがあり(でも充分贅沢でしたが)
商談?してる外国人ビジネスマンが一杯いました
気分はセレブ妻。 を装っていたはずなんだけど傍から見たら
私と母は思いっきりいなかっぺ丸出しだっただろうなぁ(汗


11.jpg

niku.jpg

33.jpg

久しぶりに母とのデートだったので贅沢をしちゃいましたが凄い楽しい時間でした。


・・・・が、
国立新美術館。
門の前まで歩いていきました。
そしてそこには
本日閉館。  の文字が。
     チーン…
終了しました。

ランチを食べに行ったの。
六本木にはランチが食べたくて行ったの。
うん。

って言う事にして六本木からはソソクサと帰ってきました。
でも美味しいご飯だったし久しぶりの母娘の会話、凄い楽しかったなー。
また行こうねーお母さん。

 あ、最近思う事。
 よく男性にたいしてマザコンだ、とかって使うけど
 ウチの場合、どう考えても男性より(夫より)女性(私)の方がマザコンだと
 思う今日この頃。 いいじゃんマザコン。 マザコン万歳。

2009. 02. 02

セツヤク

オーストラリアに行くための資金を…
何回計算しなおしても…

すっ
すッ
少ない…

って事に改めて気づいた私達(←おそっ)

セツヤクを始めました。
まず、食費。
仕事をしているとお昼ご飯はどうしても外食になってしまうのですが
それ以外は極力家で食べる事、外食はしない事を前提に、また
2人で1週間6000~8000円かかっていた食費を2週間で6000円に抑えられないか、と
思っています。 
まだ始めてから2週間ですが、最初の2週間は何とか上手くいっていたと思います。

買い物に行く前に2週間分のメニューを考えて、なるべく食材の使い回しが出来るように
プランを立てます。 それから買い物に出かけるので無駄なものを買う事も無くなりました。
コレを出発まで続ければ少しですけどセツヤクも出来ますし、普段ぜんぜんしなかった料理も
覚えられるかな、と思ってます。
全然料理が分からないままだとオーストラリアでは飢え死にしそう… 
まぁ飢え死にまでは無くても健康面でも食費面でもマイナスになってしまうので
いい機会だと思います。

ココ最近の料理達です。
もっと時間が出来てきたらパンを焼いたりもしたいと思います。

5.jpg

6.jpg

あとは写真がないですがチキンスープ。
すっごい美味しかったの。
チョッと前にくんちゃん(http://adelaideatheart.blog105.fc2.com/
のブログで紹介されていたチキンストックを使ったおかゆ。
見たときからオイシソー☆ って思っていたので、買い物行った時に骨付きチキンを
買ってきて作りました。
スッゴイおいしかった!! (自画自賛(笑

色々な方のブログからアイディアを頂きながら、少しずつ料理をしています。
もっと上手になりたいなー♪ 
やり始めるとお料理って面白いですね~♪

2009. 02. 02

一段落!

なんかちょっとブログをサボってしまいました~。
ここ2週間くらい仕事が、私の人生の中でこんなに働いた事なかったかもッ
ってくらい激務で毎日帰宅は12時を超えていました。
でもそれも1月末で終わりまして、やっとこれで一段落ついた、って感じになりました。
いやー ほんと、
長い時間仕事していて一人一人同僚がオフィスを去っていって、それでもマダマダ仕事が
おわらなーいッ って感じが続くと途中から結構自己満足入ってくるというか、
私ってば頑張ってるジャーンッ みたいな気持ちになってくるもんですね。
ほんとう、イライラしていた私を優しくフォローしてくれていた夫とベラには感謝です。

オーストラリアのビザも佳境にはいってきた感じがあって、
エージェントからも「サチさんのビザはプライオリティーNo1のカテゴリーとして
プロセスされる事となり2/19までにケースオフィサーがつきます。」っていう連絡がきました。
その後は、担当になったケースオフィサーの仕事の速さ次第、でいつビザが下りるかが
決るのですが通常は3ヶ月程度との事。
5月末までには!? と期待しています。

エージェントから、健康診断受診と無犯罪証明書の取得の依頼を受けました。
健康診断は、日本とオーストラリアの移民局指定病院(全部都内にある病院でした)で
健康診断&X線し、英文の書式に医師に結果を記入、直接オーストラリア移民局へ
発送してもらう。
無犯罪証明書は、私達は過去10年以内にアメリカにも居住していましたので
日本とアメリカの無犯罪証明書が必要になります。
日本の無犯罪証明書は住民票のある都道府県に出向き、指紋を採取してもらい
その後1週間ほどでレポートが完成しますので警察へ改めて出向き取得します。
無犯罪証明が必要なのは主申請者と18歳以上の扶養家族のみ。
手数料は無料です。
アメリカの無犯罪証明は特定のフォームがありそのフォームに自身で必要事項
(名前や居住地など)を記入し都道府県警に米国の用紙にも指紋を取ってもらう様
依頼し申請費用(US18ドル)と共にFBIへ送付する事になります。
此方は1ヶ月程度の時間が掛かるようです。

この書類を提出すれば此方から出発前にやる事は全て終わり。
あとはケースオフィサーの方に頑張ってもらうのみです!!

後は、仕事も探し始めなきゃ!
住む場所も探さなきゃ!
いろいろと出発に向けて今の家の家財も処理したりしなきゃ。
ベラの輸出の時期もあるのでビザが下りたら直ぐに行ける様に準備したいと思います。

あ、ベラ…
話かわっちゃいますが彼、掃除機に異様に反応します。
掃除機を生き物と思っているのか何なのか?? 唸りながら吼えながら格闘します。

       ↓






毎回掃除機をかけるたびにこんな感じなのです。。
でも途中で疲れて(飽きて)
俺何をやってたんだ? 見たいな感じで素に戻ってソファーの上でグダグダし始めます。
なんなんだろ笑

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